『シェアする落語 第21回 柳家わさび』を開催するにあたり、わさびさんにインタビューさせていただきました。一部は今回ご予約頂きましたお客様にご予約特典としてメール配信させていただいています。

インタビューは2018年3月28日 独演会『第108回 月刊少年ワサビ』終演後に行いました。文責は全て四家正紀(シェアする落語主宰)にあります。

柳家わさび(本名:宮崎晋永)
1980年8月24日生まれ
2003年11月 柳家さん生に入門 前座名「生ねん」(しょうねん)
2008年3月 二ツ目昇進 「わさび」と改名
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撮影 : 常山剛

(03の続き)
わさび : そういう見習い期間9カ月を経て、前座・柳家生ねんとして、寄席の楽屋に入りました。

最初は、もう天国極まりなかったです。
まず師匠宅の外に出られる。
寄席に行く途中、コンビニで甘いものを買うこともできるし、楽屋にはお客さんからの差し入れや、二ツ目の兄さん方が師匠に持ってきた饅頭とか、甘いものがもう山のようにあって、前座さんも食べていいよって。それまでポップライスチョコも食べられなかったのに。
噺が聴けるのがまた嬉しくて。本当に感動して聴いてました。

寄席では前座が昼席と夜席で交代して働きます。
夜に入っていた前座がワキ(落語会など寄席以外の仕事)で抜けると、人手が足らなくなるので、抜ける前座からお願いされて、昼席の前座がそのまま夜も働くことがあるんです。これを「昼夜(ちゅうや)」って言います。先輩前座に昼夜を頼まれるときには、その先輩から千円もらえたんです。
この昼夜を前座のみなさん嫌がるみたいなんですが、あたしは楽屋が楽しくて、よく引き受けてたんです。

そんな感じで、あるとき池袋の十日間昼夜やってました。

トリがさん喬師匠だったのですが、『按摩の炬燵』というネタを掛けられて。「自由なのは夢のなかだけだ」っていうセリフがあって、当時の自分の境遇とダブっちゃってソデで聴いて本当に泣いちゃったんですよ。
それが人づてで、さん喬師匠の耳に入って「生ねんは偉いねえ、(そのうちこの噺)教えてあげるからねえ」って。

さらに、お金の面。これも嬉しかったですねえ。寄席に行けば一日千円も貰える。昼夜なら2千円。10日で2万円ですよ。
それで楽屋仕事を一生懸命やってたら「あいつは昼夜やってくれる」って先輩に好かれるようになっちゃって。

——  前座時代、楽屋仕事の中で一番嬉しかった思い出ってなんですか。

わさび : それは、いろんな師匠方に褒めてもらえたことです。マニュアルにないことをやった時に、偉いねえって褒めていただけること。

たとえば橘家円蔵師匠におしぼり持ってきただけで「偉いねっ!お前はっ!」って言ってくれる。これがもう、どんだけ嬉しかったか。
川柳川柳師匠でさえ、おしぼり持っていったら「お、気が利いているね」って言ってくれる。もうこれが嬉しい。本当に嬉しい。

甘い物あるし、噺は聴ける、太鼓叩くのも楽しい。
そしてやっぱり、うまく気働きできると師匠方に褒めてもらえるのが嬉しくて。
最初のうちは、楽屋ってほんとに、天国でした。
もちろん厳しい師匠がお出でになるとピリピリするし、大変なこともありました。でも嬉しいことが8割でしたね。

某師匠は爪楊枝をお使いになるんですが、あるとき茶托に爪楊枝をしのばせてみたんですね。お気づきになるかなって見てたら、隣にいた別の師匠に茶托の爪楊枝を見せて、ニヤっとして

「(これ)生ねん」

って(笑)。

このときは、もう、ものすごく嬉しかったですね。


——  たぶん「前座・生ねんは気が利く」って認識を、その師匠がもともとお持ちになっていたんでしょうね。で、「生ねんは、こういうことやるよね」って隣にいたその師匠に見せた、そんな感じかなと。


わさび : それもあるかもしれませんね。

またある師匠は出番前に紙で顔の脂を拭くんです。色気のない話ですが、寄席の楽屋にはトイレットペーパーが置いてあります。これを手に取ってとても丁寧に畳んで、とても丁寧に顔を拭いて、捨てる。いつもそうなんです。

そこでお盆の上に、お茶と一緒に畳んだ紙を置いて差し出したところ「ありがとう」って。これ毎回やってました。本当に嬉しかったですよ、褒められるのが。
「思われた以上のことをこっちから投げかけるのは大事」ってことを学びましたね。

ただ、我々気をつけてないといけないのは、自分が正しいと思ってしたことが必ずしも相手を喜ばすことにつながらないこともある。そうやって失敗したら「あ、これは違うんだな」と思いながらも、「相手を喜ばす」というベクトルは変えずに行かないといけない。こういう気持ちは大切にしたいですね。

——  さっきの「ポップライスチョコ」の話だって、本当は気を利かせたつもりだったんですよね。難しいけど、こういう「相手を喜ばせるために考える」ことが、噺にも生きてくるんでしょうね。

わさび : ええ、もうそれは生き様みたいなもので「芸は人なり」ってよく言いますけど、本当にそうだと思います。

あたしの生き方は「こちらの意図になるべく気づかれたくない」なんです。
ふと気づいたらこうなってた、みたいなのがいいなあと。
噺も、たとえば入れ事をするときは、すぐに気づかれないようにできたらなあって思いますね。

——  わさびさんの古典落語はとても丁寧で、繊細というのか、それでまたしっかり笑える。

わさび : いえいえそんな。ただけっこう几帳面なところがあって、よく師匠にも「お前はこういう細かい字しか書かない」とか言われますね。A型が抜けないので、ま、抜けなくてもいいですけど、そういうところは噺に出てきますね。

噺はきっちり書いて覚えます。音で覚える人に比べると、いいほうに働くこともあれば、ちょっとくどくなってしまうときもあるみたいでして。

——  たぶん、喜んでいただくことを想像して茶托に爪楊枝を添えるのと、目の前のお客さんをどうやって喜ばせるか考えながら喋るのって、一緒ですよね。

わさび : はい、そうですね。そうだと思います。

(つづく)