『シェアする落語 第21回 柳家わさび』を開催するにあたり、わさびさんにインタビューさせていただきました。一部は今回ご予約頂きましたお客様にご予約特典としてメール配信させていただいています。

インタビューは2018年3月28日 独演会『第108回 月刊少年ワサビ』終演後に行いました。文責は全て四家正紀(シェアする落語主宰)にあります。

柳家わさび(本名:宮崎晋永)
1980年8月24日生まれ
2003年11月 柳家さん生に入門 前座名「生ねん」(しょうねん)
2008年3月 二ツ目昇進 「わさび」と改名
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撮影 : 常山剛



(09の続き)
わさび : 古典落語ちゃんとやって受けるのはいいんですけど、もうちょっといまのお客さんと、いまの空気感を作っていったほうが次の世代にバトン渡しやすいんじゃないかなと。
そうした方が個性的にもなっていいくと思いますし。
今だと、既存の芸風のどれかに当てはめようとして、みんながやりだすんで。
もちろんまず学ぶ、まねぶ、からなのでその通りやるのは当たり前だと思うのですが、コピー過ぎても……ということでして。

笑点に例えると、誰かが木久扇師匠になろうとしているとか、小遊三師匠になろうとしているような。

でも、僕らの時代の感じで、自分たちをもっと出してもいいんじゃないかと思うんです。
そのためにはお客さんから「身銭切って聴きに来たのにダメだったね」と言われちゃうことを覚悟してでもチャレンジしていく精神がたいせつじゃないかと。

だから二ツ目のうちは、いや真打になったとしても、あたしはケガをしても、ネガティブに捉えないでグイグイいきたい。そのほうが新しいものが生まれるし、他の業界に負けない、タメ張れるんじゃないかなと思うんですよね。

—— わさびさんが「多少ケガしても大丈夫」なのは、たとえば三題噺でも、すでにしっかりと方法論をお持ちになっている。だからケガしてもその意味を正しく捉えられる。きちんと対策が立てられるからだと思うんです。でないと怖くてケガできない。

わさび : あーそうですね。受け止める準備は確かにありますね。
なんかもう二ツ目の時点で手堅くガチガチに行くじゃないですか。なんでそんなガチガチなんだろうなと。

ガチガチっていうのは本寸法の古典通りのやり方ですが、いつまでも、先人がそのやり方でその時代うまくいったからといって、そのやり方にしがみついているのは、それはもう能の考えと変わらない。
世阿弥が完成させたものを継承して、国に保護してもらって、となってしまうんじゃないかと。

—— それって『現代落語論』に立川談志師匠が書かれたことと同じですね。

わさび : えっ、そうなんですか?知りませんでした(笑)


——  さて、そろそろ真打の話が出てくる頃ですが、準備などは?

わさび : 兄さんたちの話をちょっと聞くくらいですね。パーティに誰を呼ぼうとか、100人くらいに限定したいとか、そんな話を師匠とたまにするくらい。なんにもしていないです。

——  寄席の披露目で、このネタをかけたい、というのはありますか。

わさび : 『純情日記』(作:柳家喬太郎)とかですかね、やってみたいのは。
三題噺やっても、わさびさんだからね、みたいな感じになったら……すごいですけど、ならないでしょうね。
いずれにしても初見の人でもわかるようなネタにするかもわかんない。
マニア向けのネタも二、三個振っといて。

昇進もたいせつだと思うのですが、自分の目指すものがいくつかあるので、それを達成していくのに今は夢中ですね。
月ワサをこのまま続けて行ってどうなっちゃうのかなとか。
星新一さんのようなドギツい落ちを、きれいにバッと作れたらすごく嬉しいですし。
それが毎月できるようなったらいいですよね。
それと、ねづっちさんのあの「ととのいました」のレベルで三題噺ができるようになったらなあ、と思ってやってます。
もしかしたら将来は芸のクォリティを上げるほうにいくかもしれないですげと。

自分がやりたいことがある、わかっている、というのは幸せで。

それこそ内弟子をしてきたので、束縛された分、夢がはっきりと育まれてきたと思ってます。
これからどうなるかわかりませんが、真打になれたとしてもギャラは変わるでしょうが、夢や、スタンスは変わらなそうです。

(了)